KAZUYOSHI NAGASHIMA (politician)

『これまでに見えなかったことを徹底してオープンにしてみたいと思っています。』

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長島さんは以前メディアの仕事をされていましたね。どのようにして政治の世界に進まれたのでしょうか。
私がはじめて衆議院選挙に立候補した時、私も含めて周りには選挙のプロが居なかったんです。他の人と同じことをやっていてもきっと勝てないだろう、では何をすれば自分らしいやり方で主張を世の中に伝えることが出来るのかということを仲間達と考えました。ひとつには、まず政治とお金の流れを明らかすること。選挙資金も献金は全く受けないで自分の手元にある資金だけで出来るところまでやってみようと。その資金がいつどのように使われているのか、全てオープンにしながら選挙活動を行いました。そしてもうひとつ、私自身テレビ局で報道記者として働いていたので、その視点から見えてくる政治に対する意見を新聞にして配ろうということを決めたんです。
 衆議院選挙には神奈川四区から立候補していたので、選挙区にある5つの大きな駅で選挙までの3ヶ月間毎週新聞をつくって配り続けたんです。最初の方は2時間配って300人くらいだったのが、3ヶ月後には3000人程の人に受け取って頂けるようになりました。
結果的には衆議院選挙では落選しましたが、その後も新聞を受けとって頂いた人たちへの感謝の気持ちもあって新聞を配ることだけは続けたんです。その時の反応が凄く良かったんですね。テレビ局勤めを休職して選挙に出ていることを皆さんご存知だったので、「会社に戻っちゃうの?」とか「これからも政治家を目指して続けてください」とか。手紙も沢山いただきました。
 以前に勤めていたTV局では記者や報道番組のディレクターという仕事をしていました。その番組は大体10%くらいの視聴率で約1000万人が見ている計算になります。でも視聴者からの直接の反応は意外と少ないんです。確かにマスメディアは非常に大きな影響力があるとは思いますが、それに携わっている私自身の中にある実感はどこか薄かった。でも駅前での新聞配りのときに私が得たのはとてもダイレクトな市民の人たちからの反応でした。その後、鎌倉市議会選挙に当選したのですが、こうした市民の方々から受け取った声がこの世界に入っていったきっかけかもしれないですね。
どんな仕事でもそうだけど、その仕事に就くまでは自分自身がどこまで出来るかは判らないものです。私はかって記者をやっていました。その経験やそこで得たことを政治というフィールドでも活かして行きたいと思っています。これまで見えなかったことを徹底してオープンにしてみようと。それは今、市民が求めていることでもあると思っています。

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衆議院選挙の後、鎌倉市議会議員を経て、逗子市長選挙に立候補されましたが、何故逗子の市長になろうと思われたのですか?
私が鎌倉市議会議員の時、当時の栃木県今市市の市長だった福田昭夫(現栃木県知事)のお話をお伺いする機会があったんです。その時福田さんは「私は人口5万人という小さな町の市長です。しかしこの規模は非常に小回りが利くし、モデル事業も展開しやすい。私はこの今市から日本を変えて行きたいのです。」とお話しになりました。私はテレビ局時代、国政取材をしていたので国政には親近感がありましたし、この国を動かしているのは国政だと思っていました。でも福田さんのお話を聞いて、私が目指すのはこれだ、と思いました。
そんな時、鎌倉市で談合の内部告発があり、その対応策として「入札制度」の改革を全国に先駆け鎌倉市がはじめて実現したんです。予定価格や入札価格を公表するなど、透明性と競争原理を取り入れたその改革によって、結果的には年間で8億円の節約になりました。今ではこの入札制度改革は全国にも波及しています。その時、確かに地方から日本を変えていくことが出来るんだな、と分かったんです。こうした経験と実感があり、その後、逗子市長への立候補を考えました。逗子市の人口は現在59000人。池子問題があったりして住民意識が非常に高い町です。逗子市はモデル事業を展開するには相応しい街なんです。 「逗子発、日本再生」、それが私のテーマです。

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現在特に注力されていることは何ですか?
今は、教育、環境、市の経営戦略、といった点に力を入れています。ただ景気が良くないですから、市政も非常に厳しい状況です。限られた予算の中でいかに成果を生むかが問われます。例えば、教育に関して言えば、全国に先駆けて少人数授業を始めたり、教育長の全国公募や学区の選択制を採用しています。いつの時代も世の中は動いていますし、改革は常に求められる。特に今はスピードを持って的確に舵を切ることが必要ですね。
市長という仕事は本来とてもクリエイティブなんです。
市政を効率的に運営しながら、その効果を高めていくこと。そのためには「市民の中にある力を引き出していく」という発想が非常に重要になってくると思います。
そうですね。逗子はもともとそんな土壌があると思います。今後はいかに若い世代の人たちとのパートナーシップを作り上げるかということが重要ですね。それに高齢者、主婦、商店主などいつも逗子で生活している人だけではなく、普段は東京で仕事していて週末は環境が良い逗子で過ごすという「逗子都民」と呼ばれる人たちをいかに巻き込んでいくのかということも重要です。そのために、Eメール、市長への手紙、アンケート、CS調査等、様々な方法で幅広い人の意見をお伺いしています。それに直接届く意見と潜在的な意見、また市民の意見と議会の意見、これら様々な立場からの意見をどう捉えていくのか、そして最後にはきちんと具体的な対応策を出すことが重要なんです。 市長は意見を聞いて改善策を提案するだけでなく、最後は何をするか決断しなければならない。そこが議員とは違うところです。私自身、市長というとウインドサーフィンの大会でトロフィーを持ってくる人だったり、卒業式で挨拶したり、市役所にいて何か抽象的な話ししかしない人というイメージを以前は持っていたのですが、実際は全然違うんですね。むしろ市長という仕事は本来的に非常にクリエイティヴィティが求められる仕事だと思います。いわゆるプロデューサー的な仕事ですね。それは教育や環境の問題、市の経営や危機管理という大きなテーマだけに限らず、広報誌を作ったり、図書館の椅子やライティングのデザインといった細やかな点においてもひとつひとつ決断が求められるんです。

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長島さん個人として、これまでの政治家としてのお仕事を通して得た一番大切なものは何だと思われていますか?
それは沢山あるし、正直なかなかひとつには収斂できないですね。でも敢えてひとつといえば、それは自分が確かに誰かに必要とされている存在であると感じたことだと思います。誰でもこの世に生まれてきて、何故自分は存在しているのだろう、生まれてきた以上は自分自身の存在価値を考えたいと考えると思うんですね。それは例えば仕事であったり、恋愛、スポーツであったり。
政治活動の現場において、または様々な方々と接する機会において、自分の存在が必要とされていることが嬉しいし、私はそんな人たちのために働きたいと思っています。こういうと尊大に聞こえるかもしれないけど、でも正直に、純粋にそう思っています。
 スポーツをしていた時から、自分さえその信念を曲げずに続けていくことが出来れば、きっとその成果を手にすることが出来ると思ってきました。必ず結果はついてくる、と。確かに紆余曲折もあるし、叩かれたり、辛いなって思うこともあります。特に政治の世界では理不尽だなと思うこともある。でもそんな政治の世界でも確かに頑張れば成果が付いてくるんだと感じられたとき、私はこの信念を更に信じられるようになりましたね。

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長島一由
神奈川県逗子市長
昭和42年1月18日生まれ。学生時代には、ウインドサーフィン全日本選手権優勝、世界大会3位入賞という経歴を持つ。大学卒業後はフジテレビで政経部記者、ニュース番組ディレクターとして活躍、フジテレビ退社後、鎌倉市議会議員を経て、平成10年には全国最年少で逗子市市長となる。平成15年8月 池子米軍住宅問題における市長の政治姿勢を市民に問うため自ら市長を辞職。平成15年9月に行われた出直し選挙で三選を果たした。



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