BARTABAS (artist/Zingaro)

『世界的であること』

ちょうど1年前、僕はあるテレビ番組の取材でパリを訪れた。取材先は「ジンガロ座」、そしてジンガロ座を主宰する馬術アーティスト・バルタバス。この奇妙な名前を持つ人物のことを知ったのは今からもう7年ほど前のことになるだろうか。2001年の10月には実際にパリを訪れ彼らのスペクタクルを目撃することが出来た。それはかって経験したことがない衝撃であり、僕は未だにそれを誰かに言葉で説明することが出来ないでいる。以来ますます僕はジンガロ座に虜になっていく。そして2003年、遂に念願叶ってバルタバス本人にインタヴューすることになったのだ。また併せて彼がフランス文化省の支援を受けベルサイユ宮殿前に実に300年ぶりに再び設立させた「馬術アカデミー」にも訪れ、そこでバルタバスのもとで働く馬術アートの指導者(彼女はジンガロ座の劇団員であり、僕が2001年に観た『Tryptik』のステージにも出ていた人だった!)や世界各地から選ばれた明日の馬術アーティストである若い生徒達とも話をすることが出来た。
2005年3月、バルタバスとジンガロ座いよいよ日本に来日する。
家族、そして友人達、そんな親しい人たちとこの機会をともに味わいたいと思っている。
(2004年12月13日 鷲尾和彦)

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最新作の『Longta(ルンタ)』のテーマはチベットですね。
そうです。『Longta(ルンタ)』はチベットを主題としたスペクタクルです。私は20年間に渡り常に馬という生き物と人間との関係をテーマとしてきました。今回はまた新しい手法で取り組んでいます。ジンガロは常に普遍的な文化の融和をテーマにしてきましたし、そのためのスペクタクルを創造してきました。私たちは様々な国が持つ伝統文化の中からアイデアを得ているのです。
 ジンガロには世界各国から集まってきた人々が属しています。そしてジンガロが持つ精神はチベットにとても近いものがあると感じてきました。チベットは法律的には存在しない国です。文化や宗教でしかチベットという国を表すことが出来ないのです。それでもチベットには他の地域から際立った独自性を感じることができます。私はそこに惹かれるのです。

『Longta(ルンタ)』は「風の馬」という意味ですね。実際に今晩観させて頂いてその意味を私なりに感じ取ることが出来ました。でも誰かに説明することは難しいですね。
正直、スペクタクルの内容を説明的に話すことは私自身も好きではないのです。ジンガロ座のスペクタクルは全て私の極めて直感的なものから創られています。それに舞台は一見派手ですが、その本質は「見ること」より「感じること」で伝わるスペクタクルなのです。観客一人一人が自分の中で何かを感じてくれることによってジンガロのスペクタクルは成立するのです。
 今回の舞台で最も重要なのはチベットのグイトー修道院の僧侶達が奏でる音楽です。彼らの国における音楽とは決して飾りとしての存在ではありません。西洋では美しい聖歌を作ってもそれは飾りにしかならないのですが、チベットでは音楽に極めて重要な役割があります。
彼らの音楽は人々が共有する場において、歌う人に対しても聞く人に対しても瞑想的な役割を果します。ただ耳を傾けるものから、人の心に語りかけ、物事の見方を教えてくれるという役割を果たしています。それは例え仏教徒でなくても、全てのあらゆる人々に作用するものだと思います。

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私は前回の『Tryptik』をやはりパリで観ました。その日は偶然にも私の誕生日でした。そして2つの意味で、その日は私にとって特別な一日になりました。『Tryptik』を見たときにも感じたのですが、ジンガロのスペクタクルにはコスモポリタンな思想、つまり「世界的である」とは果たして何なのか、ということが一貫したテーマにあるように思えます。『Tryptik』を観た時の私自身がそうであったように、世界中の魂がパリに呼び寄せられたように感じたのです。
まさに私は世界における普遍的な感情というものをスペクタクルで追求しようとしています。そこがまさに私が馬という存在に拘る理由でもあるのです。馬は言葉を越え「普遍性」を表現してくれる存在です。馬は世界中のどの国にも居ます。どの文明、どの文化にも存在する共通の存在なのです。
 私は世界中からインスピレーションを受けています。世界中の音楽を通して、ジンガロで昔から一緒に暮らしている様々な人々を通して、また3年に及ぶスペクタクルの公演中に知り合う様々の国からのお客さんたちを通して。そうして私自身も成長しているのだとも思っています。
 今『Longta(ルンタ)』を演じるために、チベットの奏者がこのパリに住んでいます。チベット人がこのパリで3年も住めるなんて、私たちにとって本当に喜ばしいことです。とても大切な出会いであると感じています。こうした出会いはいわゆるエキゾシチズムの対極にあるのです。
 なぜフランス人がラジャスタンの砂漠の物語や、チベットや韓国の音楽に感動するのか。その国の言葉や法律や伝統など知らないのにも関わらずに、ですよ。それは音楽が国境を越え、人々に感動を与える力があるからなのだと思います。
 それ故、音楽もまた馬と同じように私をいつも魅了するのです。文化は人々を区別するものであり、同時に人々を存在させるものでもあるのです。例えばジンガロの事を何も知らない人に我々のスペクタクルを見せたら、この劇団がどこの国のものなのかは恐らく分からないでしょう。そういう劇団はピナバウシュ(ドイツの劇団)等、他にもあるけれど、ジンガロはそれらとも全く違うものです。ジンガロは世界のあらゆる文化、あらゆる要素を受け入れることが出来る。 そして、それが「世界的であること」への“鍵”なのです。

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ベルサイユの馬術アカデミーはどのようにして生まれたのでしょうか。
アカデミーの設立は私自身異とっても大きな冒険でした。かってジンガロを立ち上げた時のように。アカデミーは馬術と芸術を結びつける初めての試みなです。こんな学校はかつてなかったでしょう! 私自身もう年ですから、私の中にある知識を次の世代に伝えたいと思っていました。だからこの話には大変興味があったのです。
 アカデミーはほぼプライベート(私立)です。少しだけ国からお金も出ていますが。現在のアカデミーは非常にモダンな方法で運営されており、私は生徒に給料を払うスタイルをとっています。アカデミーの生徒たちはもともとハイレベルな乗馬のテクニックを持って入学してきています。
 その上で私達は独自のカリキュラムを生徒達に提供しています。
朝は馬の世話をし、午後はダンス、歌、フェンシング、アート、デッサンの勉強をする。馬術アートは、音楽やダンスを習うことと一緒で習熟には時間がかかります。それ故、若い時から始めなければならない。
 生徒の感受性を育てるのに馬と教育を結びつけるということはとてもロジカルであると思いますし、私にとって本質的なアートだと感じています。またそのことが馬術アカデミーという学校のオリジナリティーや本質にもなっているのです。
アカデミーに関しては何よりこの場所、ベルサイユで出来ることが素晴らしいと思っています。17世紀頃、今のアカデミーのある場所には乗馬の学校がありました。この頃はフランス史の中でも乗馬に高い地位が与えられていた時期でした。当時、乗馬は芸術のようにみなされており、貴族階級に乗馬だけを教えていました。その後時代が変わり、乗馬は戦争と結び付けられるようになってしまいました。ナポレオンの時代には、騎士を短時間で養成する手段となり果て、やがて馬術そのものが退廃してしまったのです。そして馬術学校自体も失われてしまった。
 私はもともとは何もないところから、パトリック・グジャンと共同で建物を建てるところから始まりました。パトリックがシアター、馬の調教場を、もともとあった建物を参考に作り上げたのです。私はこのアカデミーで、芸術的な力によって、もう一度馬術というものを復興させたいのです。
 私はこの学校のために新たなスペクタクルを作りたいと考えています。そして皆で、学校と劇団の間のようなものを創ってみたいと思っています。この学校ではディプロマをとって卒業することが大切なのではありません。ここでは人と人を結びつける事こそが大切なのです。もしも10年居たいというのなら、居てもらっても構わないのです。
 私自身、人生の偶然の結果として、全てを独学で学んできました。人はしばしば人生において、学んだら、収益をあげ、引退するものだ、と考えてしまうのですが、そんな区切りは全く無意味だと私は思います。学ぶことをやめてはいけない。特に馬と付き合っていくには。そこには確立されたメソッドなんてものはないのです。

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馬術アカデミーで生徒達のスペクタクルを見させていただきました。途中一人の生徒が乗った馬だけが少し外れライン、全体のラインを乱してしまいました。その瞬間、逆に私には貴方がやろうとしていることの凄さに気付きはっとしてしまったのです。目の前の静かな光景の中で繰り広げられる観客には見えないレベルでの人と馬との関係、交感、そこにこそ馬術アートの美しさがあるのではないか、そのように私には感じられたのです。あなたにとっての「美しさ」とはどのようなものなのでしょう。
馬術アートというものは馬の感情が記号化され視覚化されたもので、馬は騎手を移す鏡として存在します。そこが馬との関係において最も大切なところです。私にとって馬は楽器のようなもの。美しさというのは、馬と騎手との間の感情や関係性にあるのです。テクニックも必要ですが、その前に人と馬との関係こそが重要なのです。そしてそこに私は美しさを求める。貴方が言う通りです。
 つまり馬と一緒に何を作り上げられかが大切なのです。馬に対し支配的で乱暴に接したならば、彼らはアグレッシブになり、逆に馬の言うことに耳を傾けられるならば彼らはあなたに愛情を伝えてくるでしょう。私は客に「ダンスがうまい」「馬に乗るのがうまい」「歌がうまい」と言ってもらうためにスペクタクルを作っているわけではありません。私はアーティストというメティエ(職業)だから、それは当然のことでしかないのです。

生きることそのものがアートであるということですね。
そうです。私の生活はアートと共にあります。ジンガロにおける生活全てが私の求め続けるものであり、私たちが表現しているものは全て私たちの生き方の結晶なのです。
 私はスペクタクルの最中の1時間半だけ、アーチスト・バルタバスになるのではなく、24時間いつでもバルタバスなのです。トラックを運転する時も、舞台の準備をしている時も、海外で公演する時も。人生そのものがアートなのです。そしてこれらが私を人間として豊かにしてくれるのです。

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ちょうど僕はダライ・ラマの本を読んでいたところです。彼はそこで人が持つべき内面の美しさについて触れていました。
全くその通りですね。外見の美しさは内面の美しさと違うのです。目の前で繰り広げられるスペクタクルの中にある人生の哲学を感じとってもらうこと、それが私が望むものなのです。そしてその哲学とは、人がどれだけ自分自身を表現できるかということなのです。

私はぜひ私の親しい友人や家族たちにジンガロのスペクタクルを観て欲しいと思っています。
2005年には日本に行けたらと思っています。
私は玉三郎のファンなんですよ。

© 2004 Washio Kazuhiko / 『Life From Europe』 BS日本テレビ 2004

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バルタバス Bartabas

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馬術アーティスト。パリを拠点に活動する話題の歌劇団「ジンガロ」の主宰者。出身地や本名、年齢などは明かされていない。世界各地の民俗文化を積極的に採り入れ、ヨーロッパ伝統のサーカスをコンテンポラリーなアートとして再生させた。

ジンガロ日本公演公式サイト




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