『ブラジル、東京。2つの地図』
鷲尾: 最初に「ブラジル音楽に影響されている」っていう話を聞いていたからかもしれないけれど、実際にCD を聞くと随分印象が違いました。確かにブラジル音楽独特のリズムもあるんだけど、いい意味で日本っぽいなあって。日本の風景が浮かんでくるっていうか。
木下: それは嬉しいですね。私たち自身、日本でやるからには、日本の音楽だと思って曲をつくり演奏しているから。ブラジル音楽のスタイルというよりもその奥にある魅力を私達なりに消化しながら、なんとか自分達の言葉でつくっていきたいなって思っています。
鷲尾: ブラジル音楽との出会いはいつ頃なんですか?
木下: 大学生の時ですね。最初に聞いたのは、ナラ・レオンとエリス・レジーナの2人の女性アーティストの曲が入ったCDを友達が聞かしてくれたのかな。とても衝撃的な体験でした。
エリス・レジーナの「三月の雨」って曲があるんですが、女性歌手でこんな歌があるんだって。周りが動いていようが、あまり動じない。揺ぎ無い何かがある感じ。それでもしっかり大地に立っているんだけど、あくまでも自然体って感じ。
それ以前って実はそんなに音楽に深くのめりこんでいた訳じゃなかったんです。でもブラジルの音楽に出会ってからは、絶対この音楽を唄ってみたいっていう気持ちが高まってしまって、ヴォーカルを始めました。直ぐにブラジルにも行きましたね。そして都内のライブハウスで少しずつ歌う活動を始めていきました。
鷲尾: ドイス・マパスの結成は、ギターの新美さんとの出会いからですか?
木下: そうですね。最初は今のようなオリジナルのスタイルではなかったんですが。それまでずっとライブハウスでブラジル音楽のカバーばかりを唄っていたんですけど、そうやっていつもカバーばかり唄っていると、やっぱり私はブラジル人じゃないな、ブラジル人にはなりきれないなって思う瞬間ってあるんですよね。新美君と出会ったのはそんな時でした。98年の暮れかな、もう7年位前になりますね。
新美君は実はもともとは日本のフォークミュージックがルールの人なんですよ。他にも、タンゴ、フラメンコといった南米音楽とか。ブラジル音楽だけの人じゃないんです。
それで2人で好きな音楽の良さを活かしながら、私達なりに日本人であること、日本人として音楽を演ることを意識してドイス・マパスを始めました。
鷲尾: ブラジル音楽を唄うことはまだ続けているんですよね。
木下: そうですね。今でも月に6~7本くらいはライブハウスに出演しています。
いろんなミュージシャンと出会えるし、刺激も貰える。ライブの空気を読みながら、ミュージシャン達が出す音を感じながら、セッションすることは本当に得ることが多いですね。
ほとんど100%ブラジル音楽を演奏しています。これはこれでやめられないですね。ドイス・マパスは日本人としてやるべきこと。私が何者かってことを思いながら表現すること。
シンガーしての活動で得たことを持って帰る場所ですね。
鷲尾: 自分の中にいろんなエッセンスを取り込んでいくことってって絶対に必要ですよね。ブラジルの音楽のエッセンスってどんなところにありますか?
木下: とても感覚的な表現なんですが、陽の光が当たっている感じかな(笑)。ブラジルには「サウダージ」って言葉がありますが、これはブラジル人特有の感情を指す言葉で、「郷愁」「懐かしさ」を表しています。やはりブラジル音楽の向こうにそんな包みこまれるような感覚を覚えるし、そこにとても惹かれます。
私、小さい時にピアノを習っていたんですが、その先生が声楽もやっていて、当時先生の声楽の舞台を観にいった時ことがあるんです。その時に感じた華やかさ、大らかさ、それが凄く小さな私の乙女心に響いたんです。
大学生になってブラジル音楽を聴いたときに、何故か小さい時に感じたあの感覚と同じものを感じました。
鷲尾: ピアノの先生も、大学生の時に聞いたナラ・レオンやエリス・レジーナも、もしかして女性としての憧れ像なのかもしれませんね。
木下: そうかもしれませんね。大きな存在、皆を包み込んでくれるような存在。
私自身、エリス・レジーナの歌を聴いたとき、歌は勿論、そんな彼女の存在に惹かれたと思います。それに、ブラジルの音楽を聴いていると、自分は今ここに居るんだけど、ずっと離れた世界の先までに思いを馳せることが出来る。
そんな世界が広がっていく感覚を覚えるんですね。そこも魅力でした。
鷲尾: ブラジルの音楽には何か時代の流れに左右されずに残っていくタフな感じってある気がします。
木下: 凄く急いでいるわけでもなく、今を大切に、今をじっくり味わいながら生活している感じ、そういう感覚がブラジルの音楽にあるかもしれない。
生き方としてもそうありたいって思いますね。
鷲尾: ブラジルの音楽によって自分の性格や暮らしが変わっていったところも大きいんですか?
木下: かなり性格変わったと思いますね。私、高校は進学校で、やっぱり受験勉強とかしてたし、ちょっと暗かったかな(笑)。
何を見てもあまり感動できないって時期もあったし。歌を唄うことはずっと好きだったんだけど、中高生の時は忘れていて。
今のようにライブハウスに出ているのって当時の友達からするとびっくりですよね。
鷲尾: アルバム『1.9.0』はどんな思いでつくったんですか?
木下: あの中の曲はこれまでに何度も何度も演奏してきた曲ばかりをレコーディングしたんですね。
初めて日本語で唄うことを意識したアルバムです。それ以前はポルトガル語ばかりで唄ってきたんですが、日本語で唄うってことを意識すると、リズムやメロディだけでなく、ちゃんと意味が届けられる歌を唄えないといけない。そのことを個人的にはとても意識しましたね。
今、新しい曲をつくっている最中なんです。
自分の中から言葉を生み出すっていうことをもっと意識していくことは唄う上でもとても大切だと思いますね。
鷲尾: これからはどんなことを自分の言葉で表現していきたいって思いますか?
木下: 生まれ育って今住んでいるこの町、東京のことをちゃんと歌いたいと思いますね。
この町の記憶、好きなところ、もっとこうなったらいいのになって思うこと。そして、東京という町の背景にも、ちゃんと大地があるってこと。流れていく時間の中に、揺るがない何か大きなものもあるはず。本当に必要なものって何だろうな、ってことを今思いながら曲を書いていますね。そのためにも自分を正直に見つめること。その上で周りのこと、流れていることをちゃんと見つめること、そんなスタンスが必要だなって思います。
少し前に、中目黒駅の南口にあったお気に入りの大衆酒場が駅周辺の再開発で閉店しちゃったんですよね。私も新美君も好きな場所だったんです。それがとても寂しくて。
昔からある、ゆっくりした時間の流れの中で大事にされてきたものってもうちょっと大切にしたいなって思うんです。
新しいものはみんな同じ顔つきしたものばかりだから。
(2005年3月 東京・目黒) © 2005 Washio Kazuhiko
木下ときわ
東京都出身。大学在学中にボサノヴァと出会い、ブラジルを2度訪問。卒業後、音楽活動を開始。包みこむような美しい歌声が評判となり、数多くのブラジル音楽バンドやライブセッションなどで活躍する。2001年からブラジリアンポップスユニット「Dois Mapas」の活動を本格化させ、'02年に1stアルバム「Dois Mapas」を発表、'03年にジョアン・ジルベルト・トリビュート・アルバム(東芝EMI)に参加、'04年9月にミニアルバム「1.9.0」(Polystar)をリリースした。
石垣昭子 AKIKO ISHIGAKI
セヴァン・カリス=スズキ SEVERN CULLIS-SUZUKI
ジャック・ジョンソン JACK JOHNSON
池澤夏樹 NATSUKI IKEZAWA
シム レッドモンド バンド SIM REDMOND BAND
佐野元春 MOTOHARU SANO
ダニー・ライアン DANNY LYON
バルタバス BARTABAS
金城 男 DAN KINJYO
長島一由 KAZUYOSHI NAGASHIMA
寺本一生 ISSEI TERAMOTO
DJ KRUSH
清水勝広 KATSUHIRO SHIMIZU
ジャック・ジョンソン JACK JOHNSON
ドノヴァン・フランケンレイター DONAVON FRANKENREITER
