2004.09.20 (Mon)  空を見上げる

『HEAD TO THE SKY』。 
このタイトルは世田谷233のオーナー中根大輔が付けてくれた。
部屋というよりも、少し大きめの「白い箱」を借りることになった僕はすぐにその箱の中で空の写真を展示したいと思いついた。何故だろう。でも僅か30×30cmの小さな箱が様々な色や個性でキラキラと輝いている奥に、空があったらいいなと、シンプルに、直感的に、そう思いついたのだった。 そしてそれは、毎朝出掛ける前に頭上に広がる空の写真にしたいと思った。

頭上の空。標準やや広角のレンズで覗くそれはとても不思議だった。
とても遠くにある気がして見上げると、それは意外にもすぐ手が届きそうな近いところあった。しかし翌日にはやはり空は遠く彼方に存在している。 風に流される綿のような雲は繊細な編み上げられた工芸品を思い出させた。風に千切れていく雲の切れ端は大きな雲から離れていくことをむしろ喜んでいるいきがった放蕩息子のように軽やかだった。上空を横切っていく鳥に出会うこともあった。彼らはいつも電柱の上に止まっている身近な烏たちとは何か違う世界を飛んでいるように見えた。真っ直ぐに覚悟を決めて空を飛んでいた。どこまでもいってもフォーカスが合わない日もある。そんな時、空は空ではない何か不思議で圧倒的な存在に思えた。ほんの数歩歩いてみると、意外にも空はすぐに表情を変えた。空は「空」ではないのだな、と思った。僕の頭上にあるのは、僕の頭上にある「固有の空」だった。そして瞬間的に表情を変えるその固有の空には僕は二度と出会うことはなかった。

僕が毎日やっていることといえば、とてもシンプルなことだ。 ただ朝起きて古いカメラを抱えて外に出て、それを頭の上にかざし、自分の真上にある空に向かってシャッターを押すだけだ。箱のような四角い古いカメラは掲げる姿はまるで空にお供え物を捧げているようだ。 空、カメラ、僕が一直線になる。 フィルムも同じ、プリントも同じデータ。しかし、いくらシンプルにしても、四角い窓を通して出会う物語は日々新しくなり、懐かしくなり、新鮮な発見を僕に与えてくれる。 頭上の固有の空は、僕の中に固有の物語をつくりだす。

そんな風に撮った1枚を中根さんに見せたとき、彼は「HEAD TO THE SKY」というコトバを呟いた。これは彼が長年愛している音楽のタイトルらしい。 そして世田谷233という場所をオープンして以来、いつかこのコトバを表すような企画をやってみたいと思っていたそうだ。 そんな偶然の一致で、今回の写真展の内容は一瞬にして決まってしまった。 偶然は必然でもある。 きっと僕も中根さんも同じことをどこかで感じていたのだろう。

中根さんとはもう10年来の付き合いが続いている。 
今では様々な人が行き交う魅力的な場所に成長した世田谷233だが、オープン当日、真っ白な箱だけが並んだ殺風景な空間にぽつんと座っている中根のことを僕は覚えている。
この場所で、僕ができることといえば、僕が見つけてきた固有の物語を中根さんやこの場所に集う人たちにそっと持ち寄ることなのだと思う。

沢山の物語がこれからもこの場所に集まることを願って。
2004年9月 鷲尾和彦