兵庫の実家に戻って来きて、地元ローカル紙を広げてみると、池澤夏樹さんが先日お亡くなりになったテオ・アンゲロプロス監督についてのコラムを寄せられていた。池澤さんと一緒に4月頭に宮城県東松島を訪れた時のことを思い返した。雨が降り続くグレーの空の下、海面に突き刺ささるように乱れた杭(それは牡蠣の養殖のためのもの)が並んだ光景を見て、アンゲロプロス監督の中に繰り返し出てくる水のイメージが重なり、お互いに「まるで彼の映画のようだ」と話したことを。
あの水のイメージ、方やギリシア、方や2011年の東北、しかしそれは意図せず(いや、その逆かもしれない)、深いところで水脈として繋がりあっていたようにも思う。そしてそのとき撮影したイメージは、昨年、池澤さんの言葉と僕の写真とでつくった本「春を恨んだりはしない〜震災をめぐって考えたこと」の中にも収録されている。
同じ新聞で、ポーランドの詩人、ヴィスワヴァ・シンボルスカさんがお亡くなりになったことを知る。なんたる偶然なのか。「春を恨んだりはしない」というタイトルは、シンボルスカさんの詩「 眺めとの別れ」から、池澤さんが引用されたものであった。
(そして、アンゲロプロス監督とシンボルスカさんの仕事を僕はともに、それは10数年前と昨年という時間の差はあれ池澤さんという媒介者を通して知った。どちらの作品も、いまではどこかでいつでも心の支えのひとつになっている。)
それにしても。それにしてもこの2人が何故この今居なくなってしまうのか。
しかし。しかし、だ。過去は消え去るものではない。過去は積み上げられて行くものなのだと思う。過去は消えない、積み重なり未来がつくられていく。(例えそのことを、放射能という負のストックが未来まで消えないという、全くネガティブな要因から学んだことだとしても)
イメージ、そして言葉。これからの支えであり続けるそれらを、継承していく機会に、ぎりぎりのところで関われたということを、それこそ自分の支えにして行くことができればと思う。
心よりのご冥福をお祈りいたします。
ありがとうございました。
戦争が終わるたびに
誰かが後片付けをしなければならない
何といっても、ひとりでに物事が
それなりに片づいてくれるわけではないのだから
誰かが瓦礫を道端に
押しやらなければならない
死体をいっぱい積んだ
荷車が通れるように
誰かがはまりこんで苦労しなければ
泥と灰の中に
長椅子のスプリングに
ガラスのかけらに
血まみれのぼろ布の中に
*ヴィスワヴァ・シンボルスカ「終わりと始まり」
(沼野充義 翻訳)より一部引用

(HigashiMatsushima, Miyagi. 2011.04.)
