新しい季節の恵み。春の果実。
命名、『春果』。
2010.03.01 (Mon) 親父の手紙今朝がた、ニューメキシコに滞在中のダニー・ライアンからメールが届いた。
年末に写真集をすぐに彼のニューヨーク州にある住所まで送っていたのだけど、やっと転送されて届いたようだ。
「You have come such a long long way since those first pictures of children you showed to me. This is a terrific collection of portraits. Congratulations. You deserve it. It is clear that you are accepted by these travelers, and that there is clearly a universal world that you occupy with them.」
そうダニーのメールには記してあった。
僕は彼が教えてくれたコトバを忘れたことはない。いつも写真を撮るとき、そのコトバは僕とともにあった。彼の存在と写真は、いつも世界の多様性をうけとめる公正さ、愛情に満ちている。そしてやんちゃな少年のような、色あせない輝きとともに。全くの独学で写真をやってきた僕にとって、彼から直接聞いたコトバと、何より彼の存在そのものが、唯一の「手掛かり」だった。
例えマンハッタンのような大都会の中にいても、彼が歩くだけでそこは砂埃が舞い上がる荒れ地のように見えてくる。ぶっきらぼうに語る彼のコトバのひとつひとつを僕は静かに思い起こす。そのコトバを思い起こす時、彼と並んで歩き、彼が運転するクルマの助手席に座り、一緒に月夜に照らされた路の上を走った時へと、僕はいつでも帰って行くことが出来る。コトバはそうして何度でも何度でも生き返ってくる。
またいつか会うその時まで、僕は彼からの新しい旅の報告を待っていようと思う。
