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<title>Washio Kazuhiko</title>
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<dc:creator>washiokazuhiko@nifty.com</dc:creator>
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<title>終わりと始まり</title>
<link>http://www.washiokazuhiko.jp/archives/diary/001129.php</link>

<description>兵庫の実家に戻って来きて、地元ローカル紙を広げてみると、池澤夏樹さんが先日お亡くなりになったテオ・アンゲロプロス監督についてのコラムを寄せられていた。池澤さんと一緒に４月頭に宮城県東松島を訪れた時のことを思い返した。雨が降り続くグレーの空の下、海面に突き刺ささるように乱れた杭（それは牡蠣の養殖のためのもの）が並んだ光景を見て、アンゲロプロス監督の中に繰り返し出てくる水のイメージが重なり、お互いに「まるで彼の映画のようだ」と話したことを。 あの水のイメージ、方やギリシア、方や2011年の東北、しかしそれは意図せず（いや、その逆かもしれない）、深いところで水脈として繋がりあっていたようにも思う。そしてそのとき撮影したイメージは、昨年、池澤さんの言葉と僕の写真とでつくった本「春を恨んだりはしない〜震災をめぐって考えたこと」の中にも収録されている。 同じ新聞で、ポーランドの詩人、ヴィスワヴァ・シンボルスカさんがお亡くなりになったことを知る。なんたる偶然なのか。「春を恨んだりはしない」というタイトルは、シンボルスカさんの詩「 眺めとの別れ」から、池澤さんが引用されたものであった。 （そして、アンゲロプロス監督とシンボルスカさんの仕事を僕はともに、それは１０数年前と昨年という時間の差はあれ池澤さんという媒介者を通して知った。どちらの作品も、いまではどこかでいつでも心の支えのひとつになっている。） それにしても。それにしてもこの２人が何故この今居なくなってしまうのか。 しかし。しかし、だ。過去は消え去るものではない。過去は積み上げられて行くものなのだと思う。過去は消えない、積み重なり未来がつくられていく。（例えそのことを、放射能という負のストックが未来まで消えないという、全くネガティブな要因から学んだことだとしても） イメージ、そして言葉。これからの支えであり続けるそれらを、継承していく機会に、ぎりぎりのところで関われたということを、それこそ自分の支えにして行くことができればと思う。 心よりのご冥福をお祈りいたします。 ありがとうございました。 　戦争が終わるたびに 　誰かが後片付けをしなければならない 　何といっても、ひとりでに物事が 　それなりに片づいてくれるわけではないのだから 　誰かが瓦礫を道端に 　押しやらなければならない 　死体をいっぱい積んだ 　荷車が通れるように 　誰かがはまりこんで苦労しなければ 　泥と灰の中に 　長椅子のスプリングに 　ガラスのかけらに 　血まみれのぼろ布の中に 　＊ヴィスワヴァ・シンボルスカ「終わりと始まり」 　（沼野充義　翻訳）より一部引用 　 (HigashiMatsushima, Miyagi. 2011.04.)...</description>
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<title>travelogue #62 &quot;Suddenly&quot;</title>
<link>http://www.washiokazuhiko.jp/archives/diary/001128.php</link>

<description>Suddenly Snowing, Always Suddenly. We never know what will happen in the future. (Hakone, Kanagawa. 2012.01.)...</description>
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<title>写真展『Wandering Souls』のこと</title>
<link>http://www.washiokazuhiko.jp/archives/diary/001127.php</link>

<description>年明け、2012年１月７日から、神戸の写真ギャラリーTanto Tempoで写真展を行います。 昨年、東日本大震災のスライドショーとトークイベント、またチャリティー写真展に参加させていただいたことがご縁で、この度、個展を行わせていただくことになりました。 神戸市のある兵庫県は僕がうまれたところです。18歳のときに故郷を出て以来、あちこち行き歩いていますが、こうして故郷にあるギャラリーで作品を発表できることは本当に大変有り難いことと感じています。 今回の個展では、新しい作品シリーズ『Wandering Souls』を展示します。 未発表の作品ばかり、全て世界を旅する中で撮影した写真ばかりです。故郷での写真展という機会に、故郷から一番遠く離れた見知らぬ場所で撮影してきた写真たちを選んでみることにしました。 実は海外で撮影した旅写真は発表することを差し控えてきたところがありました。少々堅苦しい発想かもしれませんが、今生きている場所のことから始めたかった、生きている場所をよく見ることからはじめたかったというおもいがありました。この１０年ほど、東京で制作した『極東ホテル』というシリーズ、日本各地の海辺を撮影してきた『Seas』、いま生きている場所の感覚（Sense Of Place）をテーマにした『Neighborhood』など、身近な場所をテーマに取り組み、写真集や写真展、あるいは書籍のかたちで発表してきました。また来春には、東北地方を撮影した『遠い水平線』というシリーズの写真展も行う予定です。 これらは継続中のものが大半ですし、これからも続いていくことになるとは思いますが、こうした写真を撮り続けて行く中で、「近く」と「遠く」の境界線を行き交うような行為が、またそうした感覚で写真を撮っているのが、自分自身なのだなあと少しずつ気付いてきました。近くの場所を深く掘り進んで行くといつのまにか遠くにつながる水脈を見つけることがあります。遠くの場所を旅していると、それがとても親しくて愛しい場所に重なってみえてくる時があります。そしてその間を行き来している自分が常にいることに気付きました。そしてそんな「運動」が、僕にとっての写真なのだと。 何かがカタチになったとか、完成したとか、そういうわけではないのですが、こうした「近く」と「遠く」とを行き来する感覚や運動について僕自身が気付いたことを、故郷での写真展という機会にテーマにしてみたいと思いました。実際には、90年代後半にはじめて買ったカメラで撮影した写真から2011年までに撮影した写真を見返し、その中からセレクトしています。いつかやってみたい、いつかきっとやれるようになりたいと思っていた写真展です。 ぜひご覧頂ければ幸いです。どうぞよろしくお願いいたします。 　...</description>
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<dc:date>2011-12-28T17:58:09+09:00</dc:date>
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<title>写真展『WANDERING SOULS』のご案内</title>
<link>http://www.washiokazuhiko.jp/archives/diary/001126.php</link>

<description> Solo Exhibition &quot;WANDERING SOULS&quot; Date: 2012.01.07 sat - 02.05 sun Place: GALLERY TANTO TEMPO, Kobe 3F, 2-1-3 Sakaemachi Dori, Chuo-ku, Kobe, Hyogo. OPEN: 11:30 - 19：00 CLOSE: Wednesday, Holiday. Artist Talk: 4th Feb, 16:00 - 18:00 (¥1, 000) 　...</description>
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<dc:date>2011-12-20T09:34:51+09:00</dc:date>
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<title>2011.12.05.</title>
<link>http://www.washiokazuhiko.jp/archives/news/001125.php</link>

<description> Solo Exhibition &quot;WANDERING SOULS&quot; Date: 2012.01.07 sat - 02.05 sun Place: GALLERY TANTO TEMPO, Kobe 3F, 2-1-3 Sakaemachi Dori, Chuo-ku, Kobe, Hyogo. OPEN: 11:30 - 19：00 CLOSE: Wednesday, Holiday. Artist Talk: 4th Feb, 16:00 - 18:00 (¥1, 000)...</description>
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<dc:date>2011-12-05T17:02:46+09:00</dc:date>
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<title>冬は春を迎えるための季節</title>
<link>http://www.washiokazuhiko.jp/archives/diary/001124.php</link>

<description>気仙沼から大船渡、釜石、宮古方面へと海岸線沿いを北へ向かう。　 夏草が生い茂ったまるで原野のような風景が、再び枯れ草や茶色い土に覆われた荒涼とした風景へと移り変わっている。この春から幾度となく通った道。しかし そのたびに目の前の風景は異なる様相をみせる。自然が剥（む）き出しになったこの場所では、季節の変化がより鮮明に見えるのかもしれない。 もうすぐ冬がやってくる。　 気仙沼の本吉海岸では、壊された防波堤や松林がすっかり撤去され、かわりに大きな土嚢（どのう）がいくつも積み上げられていた。その大きさに圧倒される。道々では多くの土木作業員が黙々と仕事をする姿に何度も出会った。削り取られた岸壁の先で出会った測量士と少しの間だけ話をさせてもらった。　 途方もない大変な仕事が続いていくことは確かだ。しかし、それでも出会った彼らはとても静かで穏やかな表情をしているように感じられた。どうしてなのだろう。自然と人とがふたたび関わろうとしていく、彼らがその最前線で働いている人たちなのだと気付いたとき、少しだけその理由が分かったように思えた。　 もちろん、どうにか瓦礫（がれき）の撤去は進んだものの、その先はまだまだ手つかずという場所も圧倒的に多い。土台だけが残る住宅地の跡が続く場 所を歩いていると、突然、白い２本のつややかな木がすっと立っているのが目に入った。 それは午後の日差しを受けて光っている真新しい小さな鳥居だった。　 土埃（つちぼこり）に覆われたモノトーンの世界の中で、そこだけ空気の流れが違うように感じた。新しい息づかい。新しい呼吸。もうすぐ冬がやってくる。 そして冬は、次の春を迎えるための季節なのだ。 (Kamaishi, Iwate. 2011.11.) ※産経新聞2011.11.23.掲載 　...</description>
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<dc:date>2011-11-24T20:56:04+09:00</dc:date>
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<title>Not Taking, But Receiving.</title>
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<description>昨夜のオープニングレセプションでは、中藤君や公文さんに会えて嬉しかった。 ポートレートはやっぱりやりがいがある。 だって相手は瞬間瞬間に変わり続けるのだから。 世界とシンクロすること、それはどれだけ受けとれるかということ。 写真は、TakeよりもReceiveすることだと僕は思う。 　 (from &quot;In a small field&quot;, Nepal. 2011.)...</description>
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<dc:date>2011-11-19T01:02:32+09:00</dc:date>
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<title>グループ展のお知らせ</title>
<link>http://www.washiokazuhiko.jp/archives/diary/001122.php</link>

<description>グループ展に参加します。 世界各地で撮影した未発表の作品を中心に展示いたします。 どうぞ宜しくお願いいたします。 EMON SELECTION Vol.2. - &quot;PORTRAITS by 6 artists (写真家と被写体との距離) &quot; Date:　2011.11.17 thu - 12.09 fri Place: EMON PHOTO GALLERY OPEN: 11:00 - 19：00 (Saturday 11:00 - 18:00) CLOSE: Sunday Opening Reception Party: 　2011.11.17. thu 18:00 - 20:00...</description>
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<dc:date>2011-11-03T23:14:32+09:00</dc:date>
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<title>2011.11.03.</title>
<link>http://www.washiokazuhiko.jp/archives/news/001121.php</link>

<description>EMON SELECTION Vol.2. - &quot;PORTRAITS by 6 artists (写真家と被写体との距離) &quot; Photographers: Naoki Kimura, Kentaro Kumon, Takehiko Nakafuji, Naonori Nishiyama, Osamu Yokonami, Kazuhiko Washio. Date: 2011.11.17 thu - 12.09 fri Opening Reception Party: 17th November 18:00 - 20:00 Entrance free Place:...</description>
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<dc:date>2011-11-03T23:04:25+09:00</dc:date>
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<title>travelogue #61 &quot;Gate to the holy place&quot;</title>
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<description> (Iriomote Island, Okinawa. 2011.10. )...</description>
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<dc:date>2011-10-22T21:42:38+09:00</dc:date>
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<title>travelogue #60 &quot;Keep walking into the fog &quot;</title>
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<description>今日、またひとつ年を重ねました。 いつもと同じように、とりわけ何をするというわけでもなく、何かがあるというわけでもなく、ただ静かで穏やかな朝。目の前で朝食を食べている妻と娘の姿をただそっと見ている、そんな朝。昨日は一日雨で、予定していた撮影も順延。しかし今日はさわやかな秋晴れになりました。それが、なんだかとても嬉しい。今年はとりわけ、そんな何気ないことが有り難く、嬉しく、愛しく感じるのが、どうしてだかはわかっているけれど、やっぱり不思議な感じもします。 取り返しのつかない大きな出来事があり、取り返しのつかない負債を娘たち以降のこれからの世代に残してしまいました。「一億総懺悔」のような言葉に絡みとられるつもりなど更々ないけれど、立ち止まって、そしてゆっくりと自分の足で歩きながら、これからのことを考える時であるとは思っています。もう一度、自分の中の「標準時」をセットしなおす、そんな一日だなと感じています。手に負えない大きなことを考えざるを得ないけれど、それでも、だからこそ、身近なことをちゃんと考える。気持ちは高ぶりながらも、それでも穏やかに、丁寧に暮らしていく。そんな風に歩いていきたいなと思います。 お祝いメッセージを頂いた皆様、ありがとうございました。 心より感謝いたします。 また会いましょう！ PS 今日電車の中で読んでいた本から。Keep walking into the fog!! 『インスピレーションとは、それが実際に何であれ、不断の「わたしは知らない」から生まれてくる。（中略）さまざまな残忍な悪党も、独裁者も、狂信者も、あるいは大声でがなりたてる退屈でいい加減なスローガンの助けを借りて権力を得ようと闘う煽動家でさえも、やはり自分の仕事を愛し、熱心に独創性を発揮しながら仕事を遂行しているではないか、と。それはたしかにそうです、ただ、彼らは「知っている」のです。彼らは「知っている」から、自分の「知っている」ことだけで永遠に満ち足りてしまう。（中略）だからこそ、「わたしは知らない」という、この小さな言葉をわたしはそれほど大事なものだと考えています。それは、小さなものですが、強力な翼を持っています。』 （ヴィスワヴァ・シンボルスカ『終わりと始まり』） (Linz, Austria. 2011.09. )...</description>
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<dc:date>2011-10-06T22:33:55+09:00</dc:date>
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<title>travelogue #59 &quot;Sound Of Silence &quot;</title>
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<description>海の向こうから漂いだした濃い霧はあっという間に砂浜を覆い尽くした。これが夏の三陸海岸特有の「海霧」なのだろうか。視界が不明瞭になると、場所の感覚だけでなく時間の感覚まで見失いそうになる。どうやら波打ち際を二時間近くも歩き続けたようだ。今はもう県境を越えてしまったかもしれない。 砂浜はさらさらとして柔らかった。この数ヶ月の間、ただ静かに波と風とが砂浜を洗い、新しい砂や貝殻をゆっくりと運び続けたのだろう。不思議なくらい優しい色に感じた。何故だろう、妙に優しい色だった。 しばらくすると、霧の向こうの波打ち際に小さな子どもがひとり立っているのが見えた。しかし近づいて行くと、それは砂浜に突き刺さった一本の太い松の枝だった。 濃い霧の中、ひとけがない砂浜で僕は周りとの様々なつながりを見失ってしまっていた。どうしようもなく寂しかった。 ふと足下を見る。柔らかい砂の上にくっきりと僕の足跡だけが残っていた。それはまるで子供が描きなぐった壁の落書きのようだった。的確な言葉も、伝えるべき相手も見つからず、ただ「ここにいる」というためだけにかろうじて存在する、あの不器用な落書き。 ここに居て、何を撮り、何を見ることが出来るというのだろう。この沈黙を感じることの他に、静寂の音にじっと耳を澄ます以外に。僕は目の前の折れた木の枝と同じだった。 あれからもう二ヶ月が経とうとしている。しかし、あの砂浜に立ち尽くした日のことが忘れられない。あの感覚は僕の中の深いところに入り込んで立ち去りそうにない。しかし、それでいいと思う。その感覚を手放してはいけない。決して手放してはいけない。これから迎える日々のために。 (Fukushima, 2011.08.03.)...</description>
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<dc:date>2011-09-28T10:57:36+09:00</dc:date>
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<title>2011.09.14.</title>
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<description>『春を恨んだりはしない』刊行トーク＆サイン会 出演 : 池澤夏樹（作家）×鷲尾和彦（写真家） 日時 : 9月23日（金・祝）19：30～ 会場 : ジュンク堂書店　池袋本店 ※要予約（定員40名） ※当日お一人様1,000円（ドリンク付） ※ご予約およびお問い合わせ ジュンク堂書店　池袋本店 03-5959-6111 　 　 　...</description>
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<dc:date>2011-09-14T21:05:34+09:00</dc:date>
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<title>travelogue #59 &quot;Collision&quot;</title>
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<description> (Linz, Austria, 2011.09.)...</description>
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<dc:date>2011-09-11T23:50:13+09:00</dc:date>
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<title>2011.09.11.</title>
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<description>A new book 『春を恨んだりはしない』 has just released in this weekend. This book is a collaboration with Mr. Natsuki Ikezawa (novelist, poet), Words and photos about After 311: catastrophic earthquake in Japan. 　 　 　...</description>
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<dc:date>2011-09-11T03:28:31+09:00</dc:date>
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